BRUTUSで主に音楽ページを担当するライター・渡辺克己さんが選ぶ、「カラダにいい音楽」をご紹介。
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山道を制限時間内で走るトレイル・ランニング。日本で最大規模とされるUTMF(Ultra-Trail Mt Fuji)は、総距離169キロを、46時間の制限時間内で走る過酷なレース。それだけに、エントリーする選手たちの日頃のトレーニングも並大抵のものではなく、24時間走り続けるランナーや、山ごもりする選手も多い(レースでは走り続ける選手もいるが、もちろんトレイル・ランニングの競技では給水所、休憩所が設けられている)。
こうした過酷なレースには、快適なランニングの時に聴きたいようなBGMが必要かといえば、はっきり言って音楽を聴いている余裕などないと思われる。では、せめて練習時、気持ちを鼓舞するような楽曲がないか考えてみると、やはり音楽も体力と集中力が漲っている楽曲が最適なのではないだろうか。やはり気合いが入るようなものが、一番必要でしょう。
ナイジェリアを拠点に活動し、アフロビートの開祖と呼ばれるフェラ・クティ。70年代に残した作品の多くは、所謂スタジオレコーディングではなく、ライブを収録したもの。概ね1曲10分以上、最長のもので30分ほどになる。こうした録音物は当時LPやカセットテープなどの規格に合わせたもので、実際の演奏は一晩を要したものも多いとされている。ドラムとパーカッションのリズムセクションは平均10名。分厚いホーンセクションも10名、それから20名にものぼる女性コーラスなど。多い時には総勢50名近くなるバンドを、フェラはボーカルとキーボードを担当しながら、渦巻くような分厚いグルーヴへ導く。フェラの音楽には、反政府的な思想やメッセージは欠かすことはできない。怒りが源になっているものではあるけど、肉体的なパワーと、研ぎすまされた精神力集は、今聴いても圧倒される。長時間の孤独な走行で、疲弊した心身にパワーを与えてくれる楽曲だ。
また、フェラ・クティとは正反対に、たったひとりで内なるパワーを表現したのがピアニストのキース・ジャレット。マイルス・デイヴィスのグループに在籍中、ドイツのケルンで完全即興のコンサートを開催した模様。ひとりきりのステージで演奏された楽曲は、もちろんタイトルも決まっておらず、演奏時間も残されているもので約66分。LPは2枚組だったが、現在はCD化されているので、パート1から4までスムーズに聴くことができる。完走後の熱した肉体を醒ますのに適しているかもしれない。
緊張感漲る長い演奏の記録。
■『Music Of Many Colors』Fela Anikulapo Kuti & Roy Ayers
フェラ・クティがアメリカのヴィブラフォン奏者、ロイ・エアーズを迎えて行ったコンサートの模様。分厚いグルーヴに乗った、クールなヴァイブの響き。大人数のリズムセクションでディスコビートを奏でたような18分におよぶ「2000 Black Got To Be Free」は、現代のダンスミュージックにも大きな影響を与えた。
■『The Köln Concert』Keith Jarret
1975年にケルンのオペラ劇場で録音されたライブ盤。現代音楽では盛んに行われる完全即興だが、当時ジャズミュージシャンの試みとして異例で、世界的な話題を集めた。クラシックとジャズの演奏法を巧みに持ち込んだ演奏法は、66分まったく飽きることのないスリルを伝える。
■『E2-E4』Manuel Göttsching
1970年にベルリンで結成されたアシュラ・テンペルのギタリストによる84年のソロ作。演奏家がはじめてコンピューターとセッションしたとされる作品。繰り返されるシンセサイザーのシークエンスと、ギターの響き。30分以上に渡る楽曲は疲れた心身を癒してくれる楽曲だ。